意識の変化が起こってきたらもしかしたらこのようなことに悩むことがあるかもしれません。
・目覚めたいのに未だにこの人のことを許せない
・目覚めた人は人類愛を持っている、ネガティブなことはなくなるんだろうな、私はそんな人にはなれない、、、
・好きでもない人をどうやって愛せばいいの?
こういうことに悩んで「自分は目覚めることができないんじゃないか・・・」と自分を否定しだす人はいませんか?
なんせ最初の私がそうでした^^
なのでそんな人がもしいるのなら安心してください。
それも全て思考がやっていることです。
まずは全ての人を愛さないといけないという思考は捨ててください。
それは思考がやっているワナです。
人を愛そうと頑張らなくていい
私たちは確かに一人一人分離しているので気づきにくいですが、本当は全て一つの意識から生まれている存在です。
この世界ではこの世界でやれること、遊ぶためにこの世界にいるのです。
分離をひっくるめて楽しんでいる存在なんです。
この世界にいる時点で好き嫌いの二極を味わうこともあります。
それに気づくのが大事です。
そして、この世界で私たちが「愛」だと思っているもの、それは本当の意味での愛なのでしょうか?
「あなたがいるから私は幸せでいられる」と思うようなパートナーへの愛
誰かに対する限定的な愛
確かにそれは私たちを感動へと導いてくれます。
これが本当の愛なんだ、私はあなたのおかげで愛というものを知ったんだと考えているものは素敵な感情、感覚ですが本当の愛ではありません。
(それがダメだと言っているのでありません、間違えないように^^)
特別な感情を持つことができないからこの人は好きになれないなど無意識で判別することで好きとか嫌いとか分離を起こしています。
その私たちが「愛」だと思っているもので人を測ろうとするとそれは愛せないとなるでしょう。
しかしそれは本当の愛ではありません。
違う愛で人を愛そうと頑張っても愛することはもちろんできません。
本当の愛、ただそこにいるだけであなたは「愛」そのものです。
愛そのものであるあなたは何かに対して判断する必要もありませんが、人間である以上、もし何かを感じたらな(この人苦手だな、など)それでもOK、それでいいのです。
だってそれすら本当の私らしたら愛だからです。
あなたは愛の対義語はなんだと思いますか?
どんなことを感じてもOK、それを否定してしまうことが苦しみを生むのです。
苦しみはエゴの餌にしかなりません。
それを得るために苦しみを作り出してしまうのですが、どんなことを感じてもOKだとしれば苦しみは無くなります。
どんなあなたでもOKなのです^^
どんな私でもOKと言ってみてください、きっと心にあった罪悪感や苦しみがだんだん小さくなっていくのを感じると思います。
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